人をモノと思う教育を
人を人だと思えず
他人はモノと同じ
まあその方が
働くロボットとしては
扱いやすいので
今までの教育は
ある意味これを
推し進めてきました
その結果
そのとおりの人間が
生まれそして
理解不能な事件が
起き始めています
理解しようにも
相手には心がないので
理解できない・・・・
それを作ったのは
今までの教育や制度
誰が悪いのではなく
結局は自分達が悪い
今から何をすべきか
社会全体で考えないと
これからもこんな事件が
起こり続ける・・・・・
人を人だと思えず
他人はモノと同じ
まあその方が
働くロボットとしては
扱いやすいので
今までの教育は
ある意味これを
推し進めてきました
その結果
そのとおりの人間が
生まれそして
理解不能な事件が
起き始めています
理解しようにも
相手には心がないので
理解できない・・・・
それを作ったのは
今までの教育や制度
誰が悪いのではなく
結局は自分達が悪い
今から何をすべきか
社会全体で考えないと
これからもこんな事件が
起こり続ける・・・・・
夏の土用の第一弾
土用の丑の日ですね
諸説ありますが
平賀源内が
夏の土用に
「う」の付くものを食べると
夏負けしないと広告をうって
ウナギ屋を盛況させた
ここから夏に
ウナギを食べるという
風習がはじまったらしいですね
しかし今年は
ウナギの受難の年
いろいろとありましたね
しかしウナギには
何も罪はありません
これはこれそれはそれ
ウナギを食べて
夏を乗り切りたいですね
欲望を
規制しようとすると
どこまで
線を引けばよいのか?
この問題に当たります
ある程度のところで線
そういう事になりますが
そのある程度が難しいのです
規制しすぎると
ヘンな事件増えますし
逆に規制しなさ過ぎると
また意味がなくなります
そんな規制をする前に
各自が欲望を
規制出来れば
こんな事には
ならないのですがね
人間は規制しないと
どうしょもなくなるので
仕方ないですね
今日は大暑
これから気温が
上がり続ける頃で
暑中お見舞いを
出す時期です
今年も暑い夏が
もう既に来ています
今年は去年の反省から
少しは暑さに耐え慣れる
出来るだけですが
チャレンジしています
低俗と呼ばれる
テレビ番組を
見たから
素行が悪くなった
そうではなく
原因の一つであって
大きな原因は
しつけだと思うのです
それが良ければ
そういう番組を
見ても素行が
悪くならない
私は思うのです
この子と
一生共にする
つもりだったのに
新しい子を見ると
どうしても心が
動いてしまう
でもこの子
以上の子は居ない
何の話かといいますと
携帯のお話です
カタログを見ると
浮気してしまう僕
でいつも思うのは
ああ~そろそろ
いつもの
機種変更したい病の
季節かと・・・・
こ・今回はこのまま
今の子のままで
居るつもり
つもりなのが
若干の不安ですね
ぶりっ子に
騙されている男たち
どうして見抜けないものかな
ターゲットでない人の時の
あの態度は凄いですよ
もう恐ろしいの一言
そしてあのぶりっ子を
実行中の演技力
「役者やのー」の
一言につきます
もっと内面に気が付いて!
私はそう言いたいです
一度覚えたモノは
二度と元に戻せない
人間ってそういうものですね
例えば
豊かで楽な生活
元の辛くて苦しい生活へ
戻そうと思う人は
たまに居ますが
ほとんどの方が
そうは思わないはず
だから文明や文化が
発展してきたのです
しかし今からの世の中は
それだけだと
自滅してしまいます
少しだけそう少しだけ
エセなモノではなく
真の豊かな生活へ
進まないといけませんね
そうしないと・・・・・
人は何の為に
生きているのか?
答えは・・・・
何かを残すため
それは
人だったり
モノだったり
作品だったり
人の心に
残るものだったりと
いろいろなのです
そして人は誰しも
これを実行し
残すのです
まったく何もない人は
居ないのですよ
無いと思っているのは
気がついていないから
きっとあるはずです
だからまずは生きる事
これが大切な事ですね
息苦しい時
人は楽になりたい
誰でもそう思います
で簡単に
死が選択肢の一つに
浮かびますが・・・・
それって短絡的
過ぎませんか?
今の辛い苦しみは
必ず何かしらの
逃げ道があるはず
逃げる道ですが
それは後向きではなく
前向きのです
生きてまずは
いろいろな逃げ道を
考え実践してみる事
これをお勧めします
例年に比べると
かなり遅いのですが
やっとセミが
鳴き始めました
数日前から
25℃を越え
いつもならば既に
大合唱のはずなのに
今年はまったく
気配すらなく
少し心配していましたが
ようやく鳴き出したので
一安心です
まあ鳴かない方が
静かで良いのですが
やっぱり夏は
セミの声を聞かないと
雰囲気が無いですね
でも夜中に鳴かれるのは
ちょっと・・・・
人ってワガママですね
昨日は小暑
ソロソロ梅雨が
明ける頃なのですが
まさにそのとおりな
お天気が続きますね
暑いのも嫌ですが
ジメジメとしたのも
嫌なので・・・・
人間と何と
贅沢なのかと
思いつつ
梅雨の日々を
過ごしています
あー・・・・
ことしもまたあめ
たなばたさまの
ひにかぎって
くもりだったり
あめだったり
いちねんにいちどの
さいかいのひ
らいねんこそは
はれてすてきなよるに
なりますようにと
もうひとつ
タンザクにかかないと
熱い暑いあつい
今年も夏が近くなり
毎年恒例の?
暑気あたりになりました
まあこれを
暑くなるごとにあと数回
繰り返す事になるのですが
そのたびに暑さへの抵抗力が
増す気がしています
しかし年々その暑気あたりの
日にちは早くなり
回数は増えています
これも地球の温暖化かも
しれませんね
嫌だなー
いろいろと
理論武装をしているが
ようするにさ
自分の気持ち悪いと言う
気持ちが優先なのね
理解できないまあ
それはそうでしょうね
理解する気が無いんだもん
当たり前ですね
しかし排除だけでは
物事は解決できませんよ
何故?どうして?と
相手の立場を考えて
どうしたらの良いのか
それを考えてからね
気持ちだけ優先だと
進歩はありません
人生の上り坂は
確かに楽しいですし
これからずーと
続く気がしますが
実際の所は必ず
下りが来るのです
しかしそれを最小限に
止めて平行に
持っていけるか否か
ここが重要ですね
この判断を間違えると
下りぱなしになります
まあそれからまた登る
こういう事もありますが
それには前よりも
かなりの努力が必要となり
なかなか難しいです
平行からの方が楽です
だからこそ平行を
目指す事ですね
今年もあと
半年ですね
正確に言うと
今年は7月3日で
半分なのですがね
この半年を振り返って
思ったことは
人の命の大切さ
誰もが健やかに
皆楽しく生きられる
そんな世の中に
何故進めないのか
人類の永遠のテーマ
これがここ数年以上に
いろいろと考えさせられる
半年でした
あと半年少しは
生き易い世の中に
なることを願っています
今あなたが
コンプレックスに
思っている所が
実は・・・・
一番の魅力な場所
そういう場合もあるのです
特に異性からの
目線は分かりませんよ
自分が思っている私
他人が思っている私
分からないものです
やっぱり・・・・
名前の因果関係は
多分ありますね
同じ名前の方で
似た性格そして
似た考え方
そんな人に
また出会い
また傷つきました
これはもう絶対です
名前って
馬鹿にしてはいけませんよ
心は動く
それは当たり前の話で
動かない方が
逆に変なのです
例えば人を愛している時
その人への愛情は
日々変化するのです
良い方向か
または悪い方向かは
ワカリマセンがね
動かない事は無いのです
それを前提に
いろいろな事を考えると
かなり納得がいきます
心は動くそれは
当たり前の事だから
いい加減ただ単に
手抜きにするとか
そういう事ではなく
良い加減なのです
どんな事もやりすぎも
またやら無すぎも
いけないのです
良い加減にやること
特に日本人には
この加減が分からない人
多い気がします
勤勉なのは良い事なのですが
勤勉すぎている気もします
少しは良い加減で
生きられればもっと
楽な人生になるかと
思うのです
他人からはどうして??
そう思う事柄でも
その人本人にしては
ちゃんと理由があり
理に適ったことかもしれません
その理由が上手く
掴められないだけかもね
相手の表現方法の問題と
こちらの理解力不足が
こういう結果を生んでいます
お互いまたはこちらが
理解力を付けられれば
もっと楽しく
生きれるかもしれませんね
人が他人を
人とは思わない
そんな世の中に
なりつつあります
虫けらや雑巾以下
基本的な人権
そんなものありません
何故そうなったのか
原因の一つは
社会が人を
歯車にした結果
弱いモノ
大人しいモノ
醜いモノ
使えないと
一度でも思ったモノ
者ではなく物と
思うのです
そして社会が
はみ出しモノを作り
たまに暴発する
そしてそれを根本的に
解決しようとはせず
そのまま放置の繰り返す
まずは人が人として
矛盾無く生きられる社会を
切に願います
安全は
ルールや規制があって
初めて成立する
そのルール等が
一つでも欠けていると
安全は簡単に
崩壊する
人は普段
その安全は
空気と同じ
有って当たり前と
思い込んでいる
しかし少しでも
そう少しだけ
いつもと違うと
すぐに・・・・・
絶望すると
人は目の前が
真暗になる
で良からぬことを
考える・・・・
しかしその絶望が
数年いや数十年
続くとそこから
どうしたら
良いのかと
考えていると
不思議と
幸せが
見えてくるのです
その幸せは
人とは違うもの
ちっぽけなもの
そうかもしれない
でも・・・・
ちっぽけな幸せこそが
人にとって一番の
幸せであるのです
絶望は決して
終わりでは無い
前に進むための
スタートラインでもあるのです
自分の考えを
意見する時に
まず考えなくては
ならないのは
まずその相手の
置かれた状況や
時代背景と
地域の状況
世代等・・
自分の時と同じと
考えないことでしょうね
同じな事も確かにあります
しかし時代や事態や環境は
昔と違い物凄い勢いで
変化し続けています
それを見落として
意見してしまうと
時代錯誤の考え
つまり今では
通用しないことに
なりがちです
今をまず感じてから
考える事ですね
考えてみると
人の嫌がる事や
けなして
自分の自尊心を
守っているんだなと
思うと嫌な人も
何だか
愛おしくなりますね
まあ怨み辛みが
無くなるという
わけではないのですが
付き合いたくないし
会いたくないですし
関わりたく無いのです
それが何故か
寂しい人なんだ
愛が足りないなのだな
矛盾していますね
でもこれが
今の私の心情です
起こってしまった
実行してしまった
終わった事を
悔やむより
今から先の事を
犯罪もちょっとした失敗も
この二つを
同じにしてはいけない
しかし結果があるというのに
なんら変わりはない
結果を悔やむのも大切ですが
そこから何を学び
何かを得ないとね
二度と起こさないために
まず考えることが
必要だと思うのです
他人から見た
私と
自己から見た
私とが
一致しない
それは当たり前
他人は客観的かつ
感情的に周りとの
尺度を見て
分析をするが
自分自身は
周りのみとか
己のみとか
偏った分析しか
出来ないのだから
他人の評価も
たまには
聞いてみるのも
今の自分を
見つめるのに
良いのかも
しれませんね
嫌われているのならば
原因を考え
是正出来るのならば
努力する事
でも・・・・・
無理ならば
そこから考え方を
変化させる
無いのならば無いなりの
幸せを考える
自分を納得させる事に
少々時間が掛かりますが
納得したら楽になります
誰に言われようが
自分の幸せは
結局自分自身しか
感じることが
出来ないのですからね
胸を張って
自分の現状に有った
幸せを求め
実現させる事へ
気を進めて欲しいです
今日は雑節の一つ
入梅です
梅雨入りの頃と
言われていますが
既に入っていますね
今年はかなり早く
入梅したので
もしかすると
寒い夏なのかもしれません
うーん・・・・
個人的には寒い方が
過ごしやすいので
良いのですが
いろいろな職業を
考えるとそれも
まずいですよね
暑いのはいいのですが
酷暑はもういいです
なんとかしたいものですね
絶望の先に
未来は待っている
挫折の先に
希望は居る
マイナスの時にこそ
明るいプラスが見える
不幸な時だから
幸福が分かる
自暴自棄になった時に
真の優しさが心地良い
人は皆こうして生きてきた
これからもまた生きていく
何でだろう
この島の村が見渡せる
丘の展望台からの
眺めは・・・・
妙に私の琴線に
美しく響きます
遠くに見える
何の変哲の無い
岩や山や谷
そして麻の畑
時より風に乗って感じる
土の匂い
きっと何か貴く
美しいモノが
私の琴線に
引っかかったからでしょうね
人間の
身勝手な考え方が
自然を動物を
苦しめる
人の心は今の自分しか
見ておらず結果
この後どうなるのかを
見ていない
自然には自然の
動物には動物の
ルールと言うものがある
それをも考えないと
真の自然保護と言うものは
成立しない
私はそう考える
今日は
二十四節気の一つ
芒種昔の
中国黄河文明では
夏にアワを蒔く時期にあたります
今の日本だと
ほぼ入梅の時期ですね
今年は少し早めでしたが
いよいよ・・・・
入梅ですね
じめじめとした
日々が続きますが
心にまでカビが
生えないように
気をつけたいものですね
気持ち悪いと
排除しようと思う
心が芽生えるのは
当たり前な事
誰にだって
そう私にだってある
しかしそこで
終わられてはいけない
相手の立場や考え方
それを考えてみる
そうすると
どこか一つでも
自分と同じや似たところが
きっとあるはず
有ったならば
まずは少し理解してみる
そうすると相手が少しだけ
気持ち悪くなくなる
それを繰り返していくと
きっと自然になれる
きっとね・・・・・
ころもがえしたら
きゅうにつゆいり
なんだかはなしあいして
きめたみたい
でもさむい・・・・
いつもだったら
むしあついのに
ふしぎ~
たぶんすぐに
あつくなるよね
またことしもくるね
あついあついなつが
人は何を見つめ
また何を追い
求めていくのか
グローバル化が進み
以前は考えなくても
良かったいや許されていた
物事も手にとれるように
分かってきた
同時にそれは
知らなくても良かった事
または必然的に
知っておかないと
まずい事だったかもしれない
切り捨ては行かれない
人類の道しかしそれは
前途多難である
明るい未来へ進む
これが私が思う
人が進んでいかないと
いけない道だと思う
いやそうしないと人は
いつかは自滅するから
諦めもたまには必要
向上心が無い
それはいけませんが
頑張りすぎるのもまた
危険ですね
自分の能力と言いますか
限界以上に頑張れるものですが
それが度をすぎると
危険なのです
そういう時はもう自分では
分からないので
周りの人がブレーキを
掛けてあげる事
時にそれは残酷な事ですが
その方のために必要な事
そう思って勇気を出して
行動してくださいね
人は自分の本当の限界を
知らないものですから
このさかみちを
のぼったさきには
きっときれいなけしきが
まっているはずだよね
だから・・・・いま
つらくてすこし
きゅうけいしているけれど
またあることができそう
だってだって
わたしのあしであるて
いかないと
がんばっていかないと
なんだかいみない
きがするからね
僕は君の
足かせになんか
なりたくない
君には君の
幸せがある
僕が一緒だと
その幸せから
遠のいてしまう
そんな君を僕は
見たくは無い
僕の幸せより
大切な君の幸せ
それを僕は
風の噂で知れば
僕は良いのだ
こんな愛もあってもよい
頑固だね僕は
好きなようにやって貰う事
まあ本人の自由にとね
ただし理不尽な事以外ですね
例えこちらの
思いとは違う事でも
そこでいろいろな事を
言うのではなく
まずは相手の自由にやる
その後に
気に入らない事があれば
修正すればそれでいい
無駄な衝突を避けることも
時には必要な事ですからね
他人が思っているほど
本人には深い意味は無い
ただ何となくとか
あまり考えずにとか
しかし相手からしてみたら
それは重大な事だったり
致命的な事だったり
全ての物事について
考えて行動する事
これが出来れば
一番良いのですが
なかなかね~
難しいですよねでも
少しは考えたいものですね
今日は小満
二十四節気の一つで
草木の全てが
成長しある程度の
大きさになるくらいの頃
確かにそんな感じですね
作物もまた雑草も
元気に育っています
作物の方は嬉しく
雑草の方は苦しく
そんな気持ちになっています
これから秋まで続くでしょうね
理由の無い
答えなんて無い
ただ漠然としている事柄
それでも理由はあるはず
いやありますね
どうしてこうなったのか
ここに存在している意味
それが立派な答えであり
理由なのですよ
人と言う動物は
何かしらにおいて
こういう考えでいるのです
宿命でしょうねきっと
自己満足で終わらせるか
それとも・・・・・
今まで私がやってきた事
ほぼ全てが自己満足で
終わっています
それはそれで
良いのかもしれません
どれが良いのかとは
誰も分かりませんから
でも私個人としては
自己満足で終わらせるのは
出来る限り止めて
次に繋がる事を進める事
成長しなくては人は
ダメになりますからね
面目や体裁だけでは
生きていけないのです
確かにその場は
恥ずかしかったり
凹んだりするかもしれません
しかしそれは
その場だけの事
その後は別かもしれないのです
未来にその時を振り返った時
遣ってもらって良かったと
思えるかもしれませんね
だったら今は素直になる事
これが重要ですね
空気を読む事とは
ある人には簡単な事
またある人には
とても難しい事
私は後者なので
とても難しいのです
周りの視線に気をつける
無言の言動と言うものですね
これに気が付くか
気が付かないか
ボーとしていると
気が付かず結果として
空気を読めない人に
私の場合はこういうパターンです
それではダメなので
外に出る時は
特に気を張っていたいものです
難しいですがね
人は自分を基準に
同じ歳でも
その歳より年上だと
若く感じ
逆にその歳より年下だと
年上に感じる
自分の今を
基準にしているので
まあ当然といえば当然
しかし考え方によっては
不思議なものです
通過したかしないかによって
その歳のイメージが変わる
ある意味不思議ですよね
誰でも住みよい
社会とは
一体どういうものだろう?
皆が個性を認め合い
一人も不平不満を
感じないそんな世の中
人はこんな理想を
想い歩んできたはずなのに
現実はどうだろう
真逆ではないかと私は思う
でも諦めてはいけない
諦めたら何も変わらない
少しでも一歩でも
その理想に近づくため
動き続ける事が
必要かと私は思うのである
時代は進み
人の心は
劣化する
こんなはずでは
なかったはず
確かに全く変わらない
そういう人の心もある
しかしながら
閉塞感が感じられる
昨今では人の
心の規範が
劣化していてますね
そんなこのご時勢
だからこそまず
自分の心を見つめ
より良いものへと
進んで行く事が
必要かと思うのです
明るい未来のために
ふと気が付くと
幸せと言う海の中を
漂っていました
それは深くて
大きくて
暖かいモノ
人は皆そんな海に居る
それなのにね
いつの間にか
当たり前に感じている
まずはその海に
ただいまを言ってみる
そうすると絶対に
その幸せはこう答えてくれる
「おかえりなさい」と
やる気があっても
どうしても
体が動かない
そんな時は
その日に終わらせないと
いけないもの以外ならば
やらない方が効率や
結果を考えると
最善策ではないかと
思うのです
ただし本当に
やる気のない時のみ
一回限りの有効ですね
これを繰り替える事も
また危険なのでね
大抵の事とは
どんなものなのか?
一般的or当たり前
その大抵から
外れてしまうと・・・・・
いろいろと不都合が生まれる
物差しから外れてしまうから
だったら逆に
今の現状にあった
物差しを作れば良い
人は皆違うのだから
今年から
みどりの日は
5月4日になり
今日は昭和の日
昭和が終わって
20年近く経ちました
この20年を
振り返って思うのは
人の心の劣化が
凄いスピードで
進んでいった
そんな年月でしたね
これからの20年は
逆に人が人として
生き易く心豊かな
年月になればと
私は思っています
逢えばまた
その楽しい時間に
戻れるこの楽しさよ
続いて欲しいけれど
時は残酷にも進んでしまう
愛しいあの時の日々
決してまた元に戻れないが
想い出は消える事はない
胸にしまいつつ
明日へと進む
これからやって来る
幸せのために
今日はボッコロの日
ヴェネチアでは
男性が愛する女性に
バラのツボミを送る日
この風習には
昔の悲恋が背景にあり
その人達の心の会話が
今現在まで伝わっていますね
人の想いとは
例え何百年経っても
普遍であるのですね
いつかは私も
愛する人に送りたい
そんな気持ちになります
そういえば昨日が
サンジョルディーの日でした
私日にちを間違えて
覚えていました・・・・・
ダメじゃん
日本に浸透していない
と言いますか
私に浸透していない
証拠ですね・・・・・
ら・来年こそは
忘れずにいたいものです
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